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053:
壊れた時計
壊れたら、おわり。
まだ大丈夫。
まだ平気。
壊れてないから。
壊れちゃいけない。
あなたの腕に抱かれる日までは。
□
いつも見ていたんだ。
本当にいつも見ていた。
黒い髪、目じりの下がった漆黒の瞳。
目をつぶれば、意志の強そうな濡れ濡れとした瞳を思い出す。今でも。
だけど―――。
その人が俺を見てくれたときには、俺は、もう見ることは出来なくなっていた。
――おそかったんだ。
壊れた時計を抱えて、
快楽という名の時間の中で、
俺は、時を止めた。
君が俺を見つけたときには、
俺は君の世界から遠く離れてしまった。
遅かったんだ、気付くのが。
■
教室で目を開けようとしたら、まぶしくて目が開かなかった。
俺を呼ぶ、君の声。
甘い、高い、君の声。
愛しい――いや、愛しかった君の声。
目を、開けたくなかった。
どうか、このままで。
君の声を、キカセテ。
甘い、声を――。
胸が、痛い。
そのまま目を閉じたままでいた。
寝ているフリをして。
俺の髪の毛を触る、手。指。
好きだった。本当に。
授業中、俺に笑いかける君。
筆談で話すと、君は決まって笑い出した。
一番後ろの席。
窓際。
射し込んでくる、白い光。
俺が寝てしまうと、わき腹をシャープペンでつついた。
いつも使っていた蒼い色のシャープペン。
「笠井くん」
君の声に、目を開けた。
目の前には君の顔。
長いまつげのそろった白い瞼。
瞼に触れたくなるのをこらえて、目線を逸らす。
「笠井君。三上先輩が呼んでるよ」
「え、ホント?!」
教室の入り口を見ると、先輩が立っていた。
「ありがとう!」
お礼を、半ば叫ぶようにいいながら走り出す。
意志の強そうな瞳を持つ彼女のもとを去り、
やはり意志の強そうな瞳を持った、彼の元へと行く。
彼の腕の中へ。
快楽の時間へと。
俺はもう、逃れられない。
多分死ぬまで。
―――――――――あとがき。
こわれました。
こわれました。
作者も作品も壊れました。
20030823 up。
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